「目標追う特別な夏」

2012-08-07

本日2012年8月7日(火)読売新聞朝刊12面(投書)

「目標追う特別な夏」

と題された投書文に注目してみます。

14歳の中学生(3年生でしょうか)の投書文です。

投稿者は例年充実した夏休みを過ごそうと思ってはいるものの、あれこれ考えているうちに、宿題に追われて気づけば夏休みが終わっていることが多かったようです。

ただし、今年は部活で最後の試合にのぞむ夏。
全力を出し切って、目標を達成して、気持ちよく部活を引退したいと意欲を燃やしている様子です。

今はちょうど夏期オリンピック開催期間中。
スポーツの話題には事欠かない時期。

昨夜もなでしこJAPAN(女子サッカー日本代表)がフランスに勝利し、決勝に進出しました。
同新聞1面には、6日午後11時20分の段階で、金メダル2個、銀メダル12個、銅メダル13個獲得し、メダル数では前回の北京オリンピックでの獲得数を超えたと報じています。
本日深夜には、男子サッカー日本代表の準決勝が行われる予定ですから、まだまだオリンピックから目が離せませんね。

さて、サッカーの話題でいえば、これまでWカップなどを含め、「〇〇の奇跡」とか「〇〇の悲劇」と呼ばれるような一線が幾度かありました。

スポーツに限らず、通常では起こりえないような出来事が起こると人はそれを「奇跡」と呼びます。

ちなみに「奇跡」の辞書的な意味は・・・
 「実際に起こるとは考えられないほど不思議な出来事」
  (三省堂『新明解国語辞典』第七版)
とあります。
しかし、今回の女子も男子もサッカーの強さは、今やけっして「奇跡」ではないという見方もあるようです。

同新聞1面には、

「サッカー男子4強は「必然」」

という見出しで、日本代表のプレーの質の高さを世界の専門家が称賛しているという記事があります。
そう、日本のこの快進撃は「奇跡」などではなく、実力によって勝ち取った勝利なんだと。

しかし、数年前の日本サッカーであれば、ここまで安定した実力を発揮して、世界の強豪相手にここまでの成績を納めることができたでしょうか。
これまで日本が地道に培ってきたものが、今ようやく花を咲かせ、実を結ぼうとしている。
それは実力で勝ち得たものなのかもしれませんが、やはりそれは「奇跡」と呼んでも良いものなのかもしれません。

本当に「奇跡」だったとしても、「奇跡」が起きるには、それなりの条件があるはずです。
何の準備もなく、原因もないところに起こった出来事であれば、ただの偶然、ラッキーです。
こうした偶然は、おそらくその先には何にもつながらない、その瞬間、たった一瞬の、ただのボタンの掛け違え。

でも「奇跡」と呼べるものは、それが起こる時には、実は何らかの準備がされていて、原因となるものがあって、おそらくそれは「奇跡」を起こした人の努力というものなんだろうと思います。

スポーツだけでなく、勉強でも、多くのことに共通していると思いますが、
自分の能力を超えるような限界にチャレンジしていく際に、
より良い結果を出すために人は努力をします。
レベルアップをしようとします。

しかし、圧倒的な努力をしたとしても、必ずしも良い結果が出るわけではない。

今回のオリンピックでも、おそらく出場者のすべての人が、一般の人には理解できないような圧倒的な努力をしていると思います。
しかし、実力も折り紙つきで「メダル間違いなし」と言われていた人が、メダルを逃すということは決して珍しい出来事ではありません。

おそらく結果を出す人は、努力をしている。
当たり前のように努力をしているけれども、しかし、それが必ずしも報われるとは限らない。
つまり、物事には自分(人間)が意図的に踏み込める部分と、そうではない部分があるのだと思います。
自分では踏み込めない部分で起こったことを、人は「奇跡」と呼んだり、時に「運」と呼んだりするのではないでしょうか。

そして、そうした報われないかもしれない努力を続けることが真摯に続けられた時、つまり、あきらめなかったその先に、もしかしたら自分の努力だけでは超えられない領域に踏み込んで、「奇跡」というギフトをもらえるのかもしれません。

というわけで、「奇跡」という言葉の意味に、ぜひこんな意味を付け加えて頂きたい。
特に、受験生。
そろそろ受験勉強を本格始動していく時期だと思いますが、これから先、もしかしたらすべて投げ出して逃げ出したくなる日が来るかもしれない。
「運」や「奇跡」のようなものがふっと降りてきて、何とかしてくれないかな、と真剣に思ってしまうかもしれない。
神頼みなどといって、学業の神様、合格祈願のお守りばかりが増えていく人が出てくるかもしれません。

そんな時こそ思い出してほしい。

『「運」や「奇跡」は努力をし続けた人、圧倒的な、報われないかもしれない努力を続けた人が、最後の最後まで諦めずに戦い続けた時に、もしかしたらふっと降りてくるかもしれないギフトなんだ!』

つまり、まず自分が努力をすることを引き受けられない人には、「運」も「奇跡」も起こらないんだ。

日本語にはこのことを言い当てた大変素晴らしい言葉がありますね。

「人事を尽くして天命を待つ」

初めから自分では何もせずに神頼みしても何の意味もありませんよ。
自分の出来ることをやり尽くし、自分が出来ることをどんどん増やしていかなければ、成長はありません。

とても険しい、苦しい道だと思います。
目標が大きければ大きいほど、その道は険しく苦しいものになるでしょう。

でも、だからこそやりがいがあるのではないでしょうか。
本気で向き合えば、結果はどうあれ、向き合っただけの何かを手にすることが必ずできると思います。
いや、そうなるように向き合うべきだと思います。

共に頑張りましょう!

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