「将来は危機に瀕している」!?

2012-06-21

本日2012年6月21日読売新聞夕刊12面から。

「将来は危機に瀕している」

という衝撃的な見出しで飾られた記事に注目してみます。
http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20120621-OYT1T00936.htm?from=navlp

20日からブラジルのリオで開催されている国連持続可能な開発会議の開幕式の模様を伝える記事です。

ニュージーランドの高校生が各国の首脳を前にした演説で
「私たちの将来は危機に瀕している。ここに何のために来たのか、問いかけてほしい」
と述べたようです。

経済的な成長と環境保全。

温室効果ガスの排出などの問題も多くの人にお馴染みのトピックではあると思います。

でも、どうでしょう。

現在、日本国内では原発の問題などから「節電ブーム」は続いておりますが、真に地球環境についての考えあっての行動が起こせているのでしょうか。

もちろん、経済的な発展というものとも深く関係する問題ですから、単純にその場しのぎで「環境保全」を謳ってもあまり意味はないでしょう。

昨今は、政治の問題だけでなく、そもそも現在の政治のしくみや社会のしくみの根底にある考え方・・・
例えば、民主主義や資本主義などについても多くの議論が展開されています。

私たちが生まれた時には、そのほとんどがある意味で自明のものとして、そこにあったもの。
でも、すでにそのままの形では存続できないかもしれないという実感を伴った疑念。
「地球環境の保全」や「持続可能な開発」というのも、一部の誰かが考えて何とかする問題ではなく、
私たち一人ひとりが向き合っていかなければならない、そういうタイプの難問でしょう。

記事の最後には、日系カナダ人の女性の力強いセリフが載せられいます。

「この20年、多くの会議にも出てわかったことは、政治だけでは環境は変えられないということ。私たち自身が声を上げ、行動しなくてはいけない」

幸いにも現在はインターネットやSNSなどのメディアが発達してきています。
それらを駆使し、様々な情報にアクセスすることで、考えるべき問題、取組みべき行動などを考える材料は割と手軽に入手できます。

とはいえ、普段からそうした情報を吟味し続けていなければ、いざという時には、右往左往するだけで、肝心な部分に頭を使えないということになってしまうでしょう。

どんな問題が自分の周りにあるのか、その問題に対して自分はどう考えるのか、どんな解決策があるのか・・・
グローバルな社会では問題は国内や地域のことだけでなく、ある意味全世界が自分の「周囲」になります。
そして、多くの場合、自分一人では大したことは出来ませんから、誰かの共感を得て、協力を仰がないといけません。

その意味で、自分の考えをはっきりさせ、自分の考えをはっきりと誰かに伝える、意見文の作成や異文化理解、コミュニケーション力というものが、これまで以上に重要なものとなるでしょう。

そうした力は少し前から教育界でも注目されているものですが、日本では、多くの場合、そうした力は「テストで問われているから身につけよう」という動きになってしまいます。

もしかしたら「鶏」と「卵」のようなものかもしれませんが、とはいえ、テストで良い成績を納めるというのは、一つの手段であり、一つのプロセスでしかないはずです。
テストで問われていて、だから、テストで良い点を取るように勉強する・・・
という、何とも寂しい事態になりがちです。

自分で考え、自分で行動し、自分の考えに基づいて行った行動に対して自分で責任をとる・・・
誰かと意思の疎通を図り、時に力を合わせて難題をクリアする、そのための効果的な方法を学ぶ・・・

これらは、テストで問われようが問われまいが、変わらずに大切なはずですが、いかがでしょうか?

みなさんは、どのようにお考えになりますか?

小さな一歩でも、自分の考えの元に勇気を持って行動を起こすか、
見て見ぬふりをして、誰かに任せきりにしてしまうか・・・
そうした小さな動きの一つ一つが、私たち、子どもたちのミライを形づくるのです。

自分たちが、少なくとも自分が直接関わる将来に対して、何か行動が起こせる人々が増えていけば、きっと将来は「危機」とはならずに済むでしょう。

私たちラーニング・ラボでは、小中高生の段階から、テストのように唯一絶対の答えがある問題だけでなく、こうしたある意味「答えのない問題」に対して、どのようにアプローチしていくのかを考えておくことが必要だと考えています。
これからの国際社会ではその傾向はますます強くなろうかと思います。
こうしたある種の思考訓練や情報吟味の方法などは、実は日々の教科毎の学習を通してでも可能なものです。
ただし、そのためには、巧みに視点が変えられること、しかるべき技術が必要です。
小中学生には難しいとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、それで良いのです。
小中学生は小中学生なりにきちんと考えていけば良いのです。
何もオトナと同じ「答え」にたどり着く必要はありません。
といっても、意外と子供たちの方が柔軟な発想で、突破口と開いてくるのかもしれませんが。

と、話がまとまりませんが、今日はこの辺りで。

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