伝統的文化…ブーム!?

2012-05-30

本日2012年5月30日(水)読売新聞朝刊20面(地域)

「子ども茶道講座」が人気

という見出しの記事に注目してみます。

横浜市都筑区のとある茶室で「親子・こども茶道講座」が人気を集めているという記事です。

この講座は月に2回、表千家と裏千家が各1回ずつ、あいさつや茶の飲み方、菓子の食べ方、歩き方などの所作を学べるものだそうです。

こうした「道」というのは、茶道だけでなく、その道の流儀があり、動作や心の在り方まで、基本的な「型」というものが存在します。

今の日本の若者にとって、規律や戒律などの「ルール」というものはとても窮屈なものなのかもしれません。
いや、いつの世の人にとっても、規律などは窮屈であるのかもしれません。
ただ、そうした決まり事の中に身を置いて、良いとされている「型」が自分のものとなるまで師匠のそれを模倣し続ける。
その先にこそ、本当に自分で自分を律することが出来て、他者を理解し受け止めることができる「紳士」な人間となることができるのでは、と考えさせられました。

似たような事例で、先週末(2012年5月25日(金))の読売新聞朝刊30面(地域)には、「教育ルネサンス」のコーナーで、

「狂言に小中学生ら夢中」

という見出しの記事が載っていました。

こちらは古典芸能狂言について。

とても印象的だった部分を引用してみます。

 『「よろしくお願いします」。直前まで走り回って遊んでいた生徒たちが正座し、
  小さな手を前にそろえて頭を下げる。それでまとは別人のように表情をきりりと
  引き締め、腹の底からセリフを響かせた。』

一般的な小中学生にとって、狂言というのはほとんどなじみのないもので、ある種の非日常体験だと思います。

しかし、だからこそ、普段とは違う空気の中、普段とは違った自分に出会うこともできる。
さらに、やはり古典芸能も、厳しい「教え」のある世界。
習い事というよりは、やはり「お稽古事」。
決まった「ルール」の中で、厳しい訓練の繰り返しが必須のもの。
でも、実はだからこそ身につけられることもある。

「作法?・・・古くない!?」
「なんか説教くさいのは勘弁!」

といって切り捨ててしまってはモッタイナイことばかり。

今は、ある意味何でも自由ですから、自分の気の向くまま、楽なものだけを自分に取り入れていくことも出来てしまいます。
そういう歩みだけでも、ごく普通に生きていけてしまうのかもしれません。

しかし、その先にあるのは一体何でしょう。

世の中景気が良くて、何となく自分が遮二無二となっていなくても、何とか良かった時代はもうとっくに終わっています。
そうした「流れ」の中に身を任せるだけでは日々の生活も危うくなるであろう世の中で、自分で自分を律することはなかなか難しことです。
そもそもそうした意識を小さいうちから身につけていないと、いざ変わろうと思ってもなかなか変われないということになってしまうかもしれません。

その点で、こうした古典芸能や道などのお稽古事は大変良い機会を与えてくれるものになるのではないでしょうか。

新しい学習指導要領でも、「伝統文化」に対する言及がされおり、国語でも従来の「言語事項」という項目が「伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項」という名称に代わっています。
小学校で古典の学習がはじまるというのも話題となりました。

そうした流れがあって、古典芸能や道に注目が集まっているということもあるでしょう。

ただ、願わくば、こうした理念としては素晴らしいことが、一種のブームに成り下がらないこと、を。
さらには、受験のようなものに組み込まれてしまい、根本の理念をはき違えた形で、「受験で必要だから」(中身はなくとも形だけでも)という意識でこの流れが広がらないこと、を。

そうなってしまった瞬間に、とても悲しい結末が待っているように思えてなりません。

現在のように、ある意味混沌とした社会だからこそ、やはり自分で頭を使った考えることがなければいけないと思います。
たくさんの情報が氾濫しているからこそ、やはり自分で取捨選択をしなければならないと思います。
誰かのせい、何かのせいにするのは簡単。
でも、そうしても問題は何も解決されませんよ。
たとえ訴訟問題にして、裁判で勝訴したとしても、結局損をするのは自分ですから。

だから、自分で出来る限りは考えないといけないと思います。

自分はどう生きるのか、どう社会に参画していくのか、と。

社会が悪い、政治が悪いのであれば、変えるための努力を自分もしなければいけないと思います。

そのためにも、まずは師匠の真似をする。つまり「まねぶ」=「まなぶ」ことが必要ですね。
徹底的にまねをして、まねしつくしたあとに、脱皮する。
師匠を超えるために、自分の流儀を持ち始める。

お勉強もまったく一緒ですね。

はじめのうちは先生に手取り足取り教わり、いいかげんすれば、少しずつ自分で工夫できるようになり、最後は自分自らで学びを進められるようになっていく。

日々の教科の学習だって、茶道のお稽古だって、大元には共通の大切なことがあるんですね。

あぁ、それにしてもお抹茶と和菓子。
あの絶妙な苦さと甘さのコントラスト。
けっこう良いものです。


                 
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