素直に文章を書く

2012-05-22

本日2012年5月22日(火)読売新聞朝刊より

皆さんは、昨日の金環日食ご覧になりましたか?

横浜は雲が多く、「世紀の天体ショー」にとっては思わしくない天気でしたが、
とぎれとぎれではあっても、しっかりと「金環」が見えました。
平安時代以来932年ぶりの現象だと聞けば、さらに神秘的な感覚にもなりますね。
多くの人が、通勤・通学途中、あるいは早起きをして、空を見上げたのではないでしょか。

さて、本日は東京スカイツリーの開業とあって、TVなどではどこも特集を組んでいました。
読売新聞でも、昨日の金環日食を5分間隔で撮影した写真とスカイツリーの合成写真が1面を飾っていました。

と、そんなニュースの多い日ですが、ちょっと別の記事に目がとまりましたので、ご紹介します。

 

読売新聞朝刊10面「気流」(投書)。

「素直に文章書こう」と題された中学生の投稿文。

自分の小学2年生の時の作文と5年生の時の作文を読み比べて、感じたことが綴られています。

5年生の時の作文の方が大人っぽい文章にしようとしている、が、2年生の時の作文の方がその時の思い出がよみがえり、読みやすいものであった、と。

当然、学校などで作文などを書く、まなぶ機会がありますから、2年生よりも5年生の方が「それらしい」「大人っぽい」文章になっていくのはある意味当然のことでしょう。
知っているコトバは増え、体験することも増え、書くことも、書き方も「成長」している分、5年生の文章の方がより豊かな文章となる・・・
と何となくそんな風に考えてしまうかもしれません。

でも、素直に考えを書いた方が良い場合もある。

知っているコトバや表現方法は少なくても、わずかなコトバで自分の思いをストレートに表現しようとする。
その時、コトバと自分はもしかしたら一体となっていて(コトバが自分のものになっていて)、だから少ないコトバでも思いが届けられるのかもしれませんね。

たくさんのコトバを知っていて、でも、頭で知っているだけで、自分と一体となれていないコトバはどこか宙に浮いているようで、なかなか自分の思いを伝えてはくれないものになる。
たくさんのことを知ることで、出来ることが増える反面、以前は出来ていたことがうまく出来なくなることもある。
いろんなことを勉強すると、途端に「うまくやらなきゃ」とか「間違えたらどうしよう(恥ずかしい)」といった思いが出てしまって、すぐに行動がとれないということがあります。
皆さんの多くもそうした経験があるのではないでしょうか。

作文をする時もそうですね。
子どものころは使える「武器(コトバ)」が増えることが楽しくて、それを実際に使いたくてしようがなかった。
でも、いつの頃からか、自分の「武器」がひどく見劣りするもののような気がして、使うことをためらってしまう。

まずは、思いのままを思いのままに書いてみる。

それも書き始める時には大切にしたいことですね。

この投書文はわずか16行の短い文章でしたが、そんなことを思わせる素敵なきっかけをくれました。

 

 

ちなみに、作文を書いてもらう時、多くの書きなれていない人はこんな風に言うことが多いです。

「そんなに(長く)書けない」
「原稿用紙3枚も書くの?書くことないよ」

文を書きなれていない人は、量を書くことに対して抵抗感を感じているようです。

確かに、原稿用紙何枚分もの分を書くというのは根気のいる作業ですし、それこそ「思いのままに」書くだけではまとまりのない文章になってしまいます。

でも、本当は量を書くことはそれほど難しいことではないのですね。
書きなれていない人は、書くこと自体への抵抗感からそんな風に発言することが多いのだと思います。
少しずつ書くことに慣れていけばすぐに気が付きます。

「あれ?いっぱい書くことってそんなに大変じゃない」
「〇〇〇〇〇〇の方が難しいんだ!」、と。

では、本当に難しいことは何でしょうか?

続きは別の機会で・・・

 


                 
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