「良いノート」って何だろう?(序)

2012-05-08

数年前に『東大合格生のノートはかならず美しい』(太田あや、文藝春秋)という本が話題となっていましたね。

東大生・東大合格生のノートは情報が整理整頓されて非常に「美しい」ものだという。

ノートは、単に知識を記憶するための補助ツールというだけでなく、
思考そのものを促す機能を持っています。

「考えながら書く」
「書きながら(書くこと)で考える(考えを整理する)」

ただ、この種の話題で気を付けておかなければいけないのは、
東大生・東大合格生のような「美しい」ノートを真似すれば良いというわけではないということ。

なぜなら、東大生・東大合格生はそもそも思考力、情報整理力が高いから「美しい」ノートが作成できるのかもしれないからです。

つまり、ノートを「美しい」状態で作成したから、東大生・東大合格生になったのではなくて、
東大生・東大合格生となれる能力が備わっている人が作成したノートが「美しい」わけです。

もちろんノートを「美しい」状態で作成していくことは素晴らしいのですが、
何か決まりきったフォームに合わせることに躍起になってしまっては、本末転倒です。

ノートはあくまで学習のツール(手段)であって、目的ではありません。

大切なのは、見本や優れたものを真似るというだけに留まらず、参考にして自分なりの方法を考えてみることです。

「なぜ、このノートは良いものなのか?」
「こういう風に学習を進めるにはどのようにノートにまとめていくのが良いのだろう?」

学習の基本は「覚える」ことです。
その意味で、「真似る」ことは大変重要なものです。
学習そのものといっても過言ではないでしょう。

しかし、「真似る」だけで終わらせてしまっては、
つまり、知識が大量に身についても、それが自分の血肉として活かされないのは大変モッタイナイ。
日々の学習で覚えている知識を使って、「なぜ?」「どうして?」と考えてみましょう。

「良いノート」って何だろう?(弐)
「良いノート」って何だろう?(参)
 

 
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