それって本当に正しいの!?

2014-04-17


わたしたちは専門家やマスメディアが伝えている内容をどうも盲信的に信じやすい。

お国柄とかもあるのでしょうが、わたしはやっぱり教育の問題も大きいように思います。

小中高と先生や教科書から学ぶことが多い。
それ自体はごくごく自然なこと。
「先生」という人から様々なことを学ぶ、あるいは本から先人たちの知恵を学ぶ、これらは学習の場面でごく普通の行為だと思います。
さらに、多く人にとって勉強の動機づけとなっているのがテストだと思います。
何かを学んだ時には、その成果とか習熟度をいろいろな形でテストする。
テストと聞くと、わたしたちはどうしてもペーパーテストをイメージしてしまうことが多いように思いますが、例えば芸事などでは、テストはペーパーではなく、実技、パフォーマンステストが行われることが多いですね。
まぁそうした評価が学習を継続的に行っていくうえで重要なものではある。

しかも、こうした形態の学びは日本に限らず多くの国や地域で行われているもので、まぁとりあえずスタンダードな方法といえるでしょう。

ただ、その扱い方や進め方は当然違うわけで、そこにお国柄も出るでしょうし、究極はそれぞれの「先生」によって違いが出てくるんですね。

日本の場合は多くの方が経験していると思いますが、けっこう教科書にしばられ、教科書「で」勉強するはずが、教科書「を」勉強していることもしばしば。

当然のようにテストも教科書の内容が多く反映されていて、教科書というのがかなり支配的な存在になっているんですね。

最近は、学習指導要領が改訂され、教育についても見直しが盛んにおこなわれていますし、時代のトレンドは、パターン化されたかつての受験学力を育てるような勉強ではなく、パターン化されない柔軟な「思考力」や「判断力」「表現力」が求められています。

とはいえ、もちろん一定のパターンやルールがなければ、「柔軟」もなにもないですし、ある意味しっかりとした考えの土台がなければ、「考える」ことも難しいでしょう。

だから小中学生あたりはある程度自分の思考のベースを作るためにはある程度いろいろな知識をつめこみ、様々な体験をしていかなければなりません。

そのうえで、自分の持った考えが固定化してしまわないように揺さぶりをかけていく。
そうして、柔軟な、より確かな考えが生まれていく。
わたしはそう思っています。

今日の話題と少しそれてしまいました。
話を戻すと、ここで言いたいのは、何だかんだ、時代のトレンドが変化してきても、教科書や先生の影響はものすごいんだということ、さらに日本では、多くの学習の場面で生徒が受動的になりやすく、教科書や先生の言うことを盲信的に受け入れやすい、という特徴があるんですね。

これって学校などの場面だけでなく、日常生活の中でもしばしば見られることで、その最たるものは「テレビ」や「新聞」などのマスメディアです。

「テレビでいってたよ」
「新聞に書いてあった」

そういわれるとどこかで正しい情報なのか、とあまり疑わずに受け入れてしまったことありませんか?

これと同じく学習の世界でも、特に小中高の教科学習の場面では、往々にしてあるんですね。

「教科書に書いてあったから(正しい)」
「そんなこと教科書に書いてないから(正しくない)」

でも、それって本当でしょうか?

なんで正しいのかきちんと根拠を、証拠を確認しましたか?

「テレビや新聞、教科書に書いてあるから正しい」というのは、実はとても危険な発想なんですね。

だって、誰かが意図的に正しくない情報を載せていたとしたら、意図的にではなくても正しくはないけどそうとは知らずにそれを載せていたとしたら・・・

ちょっと怖くなってきませんか?

今までテレビや新聞、教科書を元にしていた自分の言動が、もしかしたら正しくない情報や意図的に歪められた情報に基づいていたのだとしたら。

もしかしたら、それで誰かと決別するような激しいバトルをしていたかもしれない。
もしかしたら、本当は正しいことを言っていた人を数の論理で黙らせてきたかもしれない。
もしかしたら・・・
もしかたしら・・・

最近は学校教育の現場でもメディアリテラシーという言葉を聞くようになりましたし、新聞を使った授業(NIE)なども行われてきています。

また、当然インターネットなども普及し、そうしたマスメディアとは違った角度から情報収集ができる環境があります。

だから、自分がその気になれば、単に多くの人が同じように伝達されて何となく信じていることが本当に信じて良いものなのか、考える材料を手にすることができますね。

一昔前だとなかなか難しかったかもしれません。
小中高生が直に触れられるメディアというのは、今ほど多種多様に、ワールドワイドに拡散しているものではなかったですから。

その点でやはり「ネットは危険」とか「匿名の情報は信用ならん」という、これまたテレビや新聞などとは逆のステレオタイプの考えにも、ちょっと疑いの目を向けられるようにならないといけませんね。

とりあえず小中高生のみなさん。
もちろんその保護者のみなさんも、このあたりが入門として、こうした話題を考えるきっかけになるかなと思います。
ぜひ参考にしてみてください。

さて、そうしたらこんな問題にも切り込めちゃいますね。

もう世界中の多くの人が「そうだ」と胸を張って行ってしまえるくらいメジャー中のメジャーな主張。

「地球温暖化は二酸化炭素が原因で起きている」

「だから二酸化炭素をそらすように努力をしよう」

4月13日にもIPCCから報告書が発表されましたね。
IPCCとは、国連の「気候変動に関する政府間パネル」のことで、「地球温暖化」「温室効果ガス」に関して調査、研究を行い、その結果や知見を報告書としてまとめている組織です。
↓くわしくはこちらを見てね↓
Wikipedia「IPCC;気候変動に関する政府間パネル

今回出された報告書の内容は、温暖化の深刻な影響を回避するためには、今世紀末に二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出をほぼゼロにする必要があるとというものらしいです。

省エネや節電、日本はここ何年も、それこそ東日本大震災が起こる前からもCO2削減に積極的に取り組もうとしてきています。
実際にはどうなっているかは、専門家ではないですし、自分で測定できるわけでもないので、何とも言えませんが。

ただ、それがさっきの話の通り、正しくない情報だとしたらどうでしょうか?

誰かによって意図的に歪められている情報に基づいたものであったとしたらどうでしょうか?

専門家の意見やある権威の話は、専門家ではない人からすれば検証のしようがないし、本当のところは分からないんだけど、とはいえ、「唯一」「絶対」の意見というのは、それだけでちょっと強すぎる、本当は疑ってみないといけないかもしれないものだと思うのです。

だってこれだけ世の中には人がいて、地球なんてものの規模で考えれば、動植物や物質のレベルのものまで話を広げれば、多種多様なものがあるどころか、もはやカオス状態です。

そんなカオスな状況で「唯一」「絶対」って逆に不自然な気がするんですが、みなさんはどう思われますか?

わたしたちラーニング・ラボでは、こうした一見正しい意見に対しても本当にそうかと検証する視点を持つことを促すような授業も実践しています。
こんな難しい話題ではなく、身近な問題から考えていますが。

昨日、とある生徒さんとのやり取りの中で「環境問題」の話題が出てきて、その流れで「温暖化」の話をしました。

他の生徒たちも、その多くは「地球は温暖化している」こと、そして「原因が二酸化炭素だ」ということは、もはや当然の真実であるかのように捉えていました。

まぁこれに関しては無理もないのですが、ですから「こんな見解も実はあるんだよー」と紹介したのがこれ↓

動画は見せていませんが、東工大の丸山茂徳さんの話をしました。

生徒、ビックリしてましたが、当塾の基礎講座受講していますし、もともと独特な発想が出来る子でしたから、わりと柔軟に情報を更新してくれていたようです。

「なるほど、一概には決めつけられないかもしれないのね」
「しかも人間にとっては温暖化した方が良いこともあるのね」

と。

ぜひ、みなさんも考えてみて下さい。

近隣の方で、そうした授業をに参加してみたいという方はお気軽にご連絡ください。
お勉強お勉強している授業ではありませんので、勉強苦手な方にもきっと楽しんで参加してもらえるでしょう。
むしろ学校の教科書的お勉強が良くできて、小奇麗に考えが固まってしまっていない方が面白いかもしれませんね。

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